== 小説・エッセイ ==

シリーズ18弾!『逆説の日本史18幕末年代史編Ⅰ』井沢元彦

日本の歴史を普段と少し違った角度から見せてくれる人気シリーズの第十八弾。
オオクニヌシの出雲神話から始まったシリーズもいよいよ佳境の幕末へ突入です!


逆説の日本史 18 幕末年代史編1逆説の日本史 18 幕末年代史編1
(2012/03/12)
井沢 元彦

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誰もがなんとなく知ったつもりでいる日本史上の出来事を、角度を変えて見てみると、全く違った世界観が開けてくる事を教えてくれるのが、このシリーズの醍醐味ですよね。
今回のお話のテーマの一つは黒船来航。
日本人が何となく思っている“ある日突然ペリーの艦隊が浦賀沖に現れた”というのは大まちがいだということで…。


ペリー来航の16年前に民間使節として商船モリソン号が来航しているというのは、何となくモリソン号事件という名前だけ覚えていたのですが、このモリソン号って江戸湾に入って浦賀沖に来ていたのですね!知りませんでした。なおかつ野次馬の漁船が周りに集まってきたので、モリソン号側は甲板に200人近い日本人をあげ、スイートワインとクッキーをふるまっていたのだそうな。
物見高いは江戸の常とは申せ当時の日本人の好奇心には、な
んだか笑ってしまいます。しかもこの時、来航目的を示した非公式文書としての覚書が日本側に渡されていたらしい。

それから9年後に軍艦2隻(蒸気船ではないが)で東インド艦隊の司令官ジェームズ・ビットルがやはり浦賀沖に来航し、公式文書を日本側へ渡しているので、これが日米の国家間交渉のファーストコンタクトということになるらしい。

そしてその7年後に蒸気船を含む軍艦4隻でペリーが浦賀にやってくる訳で…。
ちなみにペリーさんてアドミラル(提督)ではなくてコモデア(代将)だったんですね。だからペリー提督とかいうのは間違いなんですね、初めて知りましたぁ。


して見ると、江戸湾浦賀沖にはアメリカがやってきたのはペリーが3度目で。その間オランダ側からは開国を進める忠告があり、さらにはペリーが日本に向かう旨の事前情報も得ていたのに、その間の幕府のとった行動とは、ひとまず課題を先送りにし結局何もしないということだった…。でペリーの恫喝に追い込まれて泥縄式に開国をしてしまう。

この問題が発生してもとりあえずは何もしない⇒追い込まれてからあわてて泥縄式に対応
という行動パターンは、現在の霞が関もそっくりですよね。なんか口あんぐりです。


しかもアメリカ側にとっては、下手に出ると、言葉で誤魔化したり時には嘘をついて、のらりくらりと逃げるけれど、強気に脅せば安易に折れてくる、というのが対日交渉での最初の教訓であり、現在も当局の対日担当者であればこの歴史を当然学ぶ事になっていると聞くと、なんだか気分が暗くなってしまいます。

さて、ほかにも教科書で、不利な銀の交換レートを結ばされて物価が高騰し庶民を苦しめたなんて1行の記述で終わっている件について、わかりやすくそのカラクリと意義についての説明があり、必読です。
事実上この問題で幕府はチェックメイトに追い込まれたんですね!


さすがにテッパンシリーズだけあって、今回も読みどころ満載です
特に今回は幕末がお好きな方(ビビる大木さんとか)にもおすすめです!
読後の感想・おすすめ度⇒★★★★★ (相変わらずツボを外さない手堅い面白さ!)  

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