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『かっこにっぽんじん(日本人)』橘玲

ストーレートでわかり易い表現で知的衝撃を読者にもたらしてきた橘玲の最新刊。
タイトルの意味は、日本人をカッコに入れてみることで、我々とは何者か?世界とはどんなところなのか?を再確認しようという意図でつけられています。


(日本人)(日本人)
(2012/05/11)
橘 玲

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PART1では、タイ社会と日本の類似性から説きおこし、ちまたに溢れる“日本人=特殊論”で述べられている事の多くは、アジア農村部に共通してみられるもので、決して特殊ではないと指摘。
日本の特殊性を述べる日本人論は、西洋から輸入されたオリエンタリズムをもとに人工的に作られた自画像にすぎないと述べます。

その上で、イングルハートの価値観調査を引いて、
あえて日本人の特殊性を挙げるとすれば、“世俗性=合理的価値”の傑出した高さにあり、ご利益のある神と自分の得になる権威しか認めない日本人は、元来、常に“自分らしくありたい”と考える個人主義的傾向が強く、それゆえ共同体を維持する為に“空気の支配”や世間の拘束を必要とした、と主張。

地縁も血縁も捨て去った日本人は、
学校や会社というたまたま出会った“場”で共同体(イエ)をつくるのだが、場を失ってしまえば孤独に戻ってしまうのであり、無縁社会は日本の運命である
と論じます。

PART2では、グローバルスタンダードとはお互いの殺し合いを回避する必要から生まれた、言語や宗教や人種を超えて従わなければならない最低限のルールであり、決して西欧のローカルルールではないと指摘。
グローバル空間ではローカルルールはグローバルスタンダードに対抗できない。これはどちらが正しいかの問題ではなく、グローバル空間では、好むと好まざるとに関わらず誰もが従うしかないということだ
と結論づけます。
社会そのものがグローバルであったアメリカは、世界各地で発生するグローバルスタンダートとローカルルールの衝突ではグローバルスタンダートの側に立つことで常に相手を圧倒できる点をあげて、“アメリカが俺たちのなわばりを侵そうとしている”としてローカルルールを振りかざしても勝ち目はないという現実を突き付けます。


PART3では、著者のリバタリアンとしての視点から、グローバル化世界の中の日本人社会の在り方として、退出不可能な閉鎖的なイエに代わって、国家を枠組みだけとして、そのなかに退出の自由な無数の共同体を創造してゆくことをユートピアとして夢想。
いかなる超越者(絶対伸)も信じない徹底的に世俗的なひとびとによって構成される、誰もが自由に自己表現・自己実現できる社会に、日本が最初に到達する<夢>について語られます。


一気に読ませる面白さがありました。
特に、前半に展開される日本人論は、ある意味従前のものと180度違う部分が有るのですが、同時になるほどと納得させられる説得力があります。
最後に語られるバザール的な退出自由な共同体については、堺屋太一の言う職縁社会から自尊好縁社会への転換と共通するものを感じました。こうした変化を時間軸としてはどれ位の長さで考えているのか著者に聞いてみたい気がします。


何はともあれ、ここ最近の日本人論としては出色の面白さですので、是非ご一読を!
読後の感想・おすすめ度⇒★★★★(読みやすく且つ刺激的!)

┃ テーマ:読んだ本 ━ ジャンル:本・雑誌

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まとめtyaiました【『かっこにっぽんじん(日本人)』橘玲】
ストーレートでわかり易い表現で知的衝撃を読者にもたらしてきた橘玲の最新刊。タイトルの意味は、日本人をカッコに入れてみることで、我々とは何者か?世界とはどんなところなのか...
 
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